【13歳の語学留学第1日】アヤしい13歳。ダブリンに到着す

3月X日土曜日。


私は空港に向かって高速道路を走っていた。彼の到着時刻は午後7時50分。ただいま7時35分。ちょっと遅いくらいかもしれないけど入国審査を受けて荷物を受け取ったりするのに30分はかかるだろうから、おそらくちょうどいい感じで空港に着くだろう。


「彼」とは私の大事な友人のたった一人の息子。「彼」とか「コドモ」とか書き続けるのはいかがなものかと思ったので、友人(彼の保護者)になんかいい名前があるか聞いてみた。


友人:「うーん。『とらタマ』がいいかも」


却下。というわけで、彼の名前は「彼」または「コドモ」のままで話は続く。


なんだかわけがわからんままに13歳の彼はアイルランドに春休みを使って3週間もの間語学留学することに。自分で言っちゃ世話ないけど、これまでにかいてきたとおりけっこうな面倒な手続きを終えていよいよ彼が今日ダブリンにやってくるのだ。きっと彼はわくわくそしてどきどきしながらやってくるんだろうと思うと、こっちまでわくわくどきどきしてしまう。


空港の駐車場に車を停めているとケータイが鳴る。


相手:「こちら入国審査官です。いま誰と話してるんですか?」


入国審査官、キター。ってか、はええよ。実はヒコーキは10分ほど早着したらしい。


まあ、それからいろんなことを根掘り葉掘り聞かれた。考えてみると、彼の到着はアヤしさ満点。13歳の少年が、オーガナイザー(添乗員)なしで単身アイルランドに来ること自体ちょっと異例だし、しかも、それがジュニアプログラムが開設される夏の間ではなく、春と来たもんだ。


さらに、迎えに来ているのは、語学学校の担当者ではなく、個人。さらにさらにその個人は、彼の親戚とかではない、いわばアカの他人なのだからさらに怪しい。あとでほかの人から聞いた話では、人身売買あたりを疑われたのではないかと。


そんなこんなで、車を手早く停めて到着ロビーへ。ものの数分で彼は制服姿の入国審査官(警官)に連れられて、リュックだけを背負って出てきた。…って荷物はどこよ?


それからもいろんなことを聞かれる。夏休み期間でもないいまどき、13歳の少年を受け入れてくれる語学学校があるかなど。…あるんですよ。これがっ。かくして私のパスポートでの身元確認の後ようやく放免。が、彼は再び制限区域内に戻る。そう。荷物を取りに行ったわけ。


十数分後、ようやく彼はスーツケースを持って出てきた。


13歳の少年が、悪名高いロンドンヒースロー空港経由で一人旅をすることが可能であると証明された瞬間。こっちも肩の荷が下りると同時に、安心した。


聞けば、ロンドンでは、全日空の係の方が、フライトコネクションセンターへのバス停までではなくダブリン行きの搭乗ゲートまでエスコートしてくれたらしい。さらに、ヒースローでの入国審査は、語学学校や私が用意した手紙を見せることでわりかしあっさりと通過できたらしい。まさに案ずるより生むが易しという典型的な例。


もっと言えば、全日空のコールセンターでの対応とヒースローでの現場の対応は違うのだろうと想像される。現場ではより現実的な、人間的な対応をしてくださっているのだと思う。それを最初から期待したりとかしたらいけないのだろうけど、全日空の対応には例によってこんなページを読んでくださってるはずはないけどお礼申し上げたい。ありがとう。


そして、彼を乗せてホストファミリーへ。自分の中一のころを思い返すと、中一の英語力なんてほとんどないに等しい。果たしてホストファミリーと意思の疎通ができるんだろうか。そーゆーかなりの不安を持っていた私は彼に私の余っていたケータイを持たせてコミュニケーションがとれなかった時にはいつでも電話してもらおうと考えたわけ。


車の中でもっとも大事なことだけを言う。すなわち、ホストファミリーには第一印象が大事だよ…って。最初にちゃんとあいさつをすることは大事だよって。Snigelも30年以上生きてくると、いくら精神年齢が7歳で止まっていても言うことが分別くさくなってきます。ま、そうあるべきなんだろうけどね。そうは言っても、初めての留学、そううまくはいかないだろうなあ。


ホストファミリーの家のドアが開いたとき、私の目は点になった。


彼:(元気いっぱい)「ハロー!」


これにはさしもの私もびっくりした。こいつ、英語を話すことを恐れたり、恥ずかしがったりしてないぞ。


そして家にお邪魔して、なぜか私まで夕飯をいただく(称して「寄生」と言います)。そのディナーテーブルでも私の目は点になりっぱなし。相手の話してることになんかきれいな相槌打ってるし。おい、こいつは大物になるぞ…と正直思った。


聞けば中一にしてすでに英検3級を取ってしまっているらしい。学校の成績は飛びぬけてよくはないと聞いていただけに驚いた。もしかすると、彼はとんでもなくいい耳を持っているのかもしれない。そうだとすれば、彼の英語力は、私ごときを尻目に飛びぬけて上がる可能性が高いぞ。


しかも、あのスチャラカ親からは想像もつかなかったが(殴)、食事の後はおいしかったと言って皿をちゃんと自分で下げるし、おい、ちゃんと仕込まれてるぞ。


さらに、時差ぼけでふらふらになっていてもおかしくないのに、誘われるままホストファーザーとのチェスに挑戦。ほんの十数手であっさりホストファーザーに勝ってしまう。


こやつ、ただものではないぞ。驚きと、安心感を持ちつつ退散。第2日に続く。