本日はもう消化試合。大分に戻るだけ…なんだけど、いきなりゲストハウスで事件発生。朝の10時に来るはずの送迎バスが待てど暮らせど来ない。これ、私が悪かった可能性が絶大。というのも、きっと呼びに来てくれるだろうとゲストハウスのロビーで待っていたのだが、中まで呼びに来てくれなかったと思われる。じゃあなんでお前は外で待ってないんだよというお方…雨が降ってたんだもーん。
そんないささかの引け目があるので受付に戻って文句を言えるはずもなく、表通りへ。昨日のうちに気がついていたことは、宿の隣はタクシーの営業所。ここに行けばタクシーに乗れる。
ありがちにもタクシーは出払っており、待合室にはぽつんと内線電話があるだけ。それを使うと15分ほどできてくださるとのこと。結局920円ほど使いタクシーで玉造温泉駅に戻る。
この日のお天気はアイルランドのように雨が降ったと思ったら次の瞬間には太陽が出ている感じ。タクシーの運転手さんいわく「これは出雲大社に神様が集まっている関係でこんな天気になっているんですよ」とのこと。なるほど…とその時は思ったけど、今になって考えると…どういうことだ?
その後は「不正乗車」の精算をしたことはすでに書いたとおり。
宍道湖から大分って遠い。とんでもなく遠い。消化試合だろうくらいに思っていたのだが、改めて日程表を見るとなんと所要7時間。たぶん最速は出雲空港から福岡までヒコーキで移動だろうけど、それでも福岡空港から大分までバスで2時間ちょいかかることを考えたら遠い。そうでもなければ岡山までやくもに乗りそこから新幹線なのだが…それも遠い。
私は例の一筆書きの縛りがあるので岡山に戻ることはできない。なので、ここから乗るのは新山口行きの特急スーパーおき3号。まずは出雲市まで各駅停車に乗り、そこから特急にのりかえ。
一筆書きでできる限り長距離を稼ぐという前提では山陰線を辿って日本海に沿い下関まで行くのが正しい。しかし、山陰線で日本海側を丁寧にたどると所要時間が更に伸びて具体的には到着時刻が4時間以上遅れる。それはいくらなんでもというわけで、特急1本で行ける山口線に逃げた次第。
玉造温泉駅では乗るつもりの各駅停車が「入れ違い列車の遅れのため」数分遅れて到着。到着の列車、この列車、昨日あめつちに乗ってるときにどこかですれ違った名探偵コナン号じゃん。
遅れていたとはいえ後ろからくる特急に途中で抜かれることはなく、問題なく出雲市駅でスーパーおき3号にのりかえ。
スーパーおき3号は2両編成のディーゼル特急。爆音を響かせながら日本海沿海をひた走る。その間も天気はからっと晴れたり雨が降ったり。車窓がいろんな変化を見せてくれて飽きない。
車掌さんより特急券を購入。
途中で気がついたこと。昨日、「あめつち」に乗っていて、後続の特急の通過待ちをした。ここで思い出すのは鳥取駅の発車案内。
ん?スーパーおき3号??
つまりはこういうこと。昨日、あめつちなどに乗らずに30分後に出るスーパーおき3号に乗っていれば、前日の同じ便に乗れていたということ。とどのつまり、まる一日早く大分まで戻れていたということ。それをせずに酔狂にもあめつち→特急やくも→芸備線→木次線と丸一日かけて中国山地の只中をさまよってきたと。まごうことなくアホです。はい。
スーパーおき3号の車内にあった謎のスペース。おそらく喫煙室だったか公衆電話ブースだったかのどちらか。現在では完全に無駄になっている。あるいはお客さんがとんでもなく多いときに立ち席スペースとして活躍したりするのかな。
益田から山口線へ。ふたたび中国山地へ。
途中駅で撮影した山口線の時刻表。終電の時刻がやたら早い(田舎の路線バスかい…っていう時刻よね)、特急を含めても毎時1本の列車が確保されていないなど利便性が高いとはお世辞にも言えない。それでも同じく中国山地に分け入る木次線とは彼我の差がある。
こうして新山口に到着。ってか、いつ駅名が変わったのよ?私が知っているこの駅は小郡駅だったはず(いつの話をしてんだよっ)。
ここからは各駅停車で下関へ。あの変な片道乗車券での旅はここ小郡駅で終了。ここからは連続乗車券を購入してあったのでそちらを使うことに。…ってかさ、なんで小倉まで新幹線使わないのよ。俺、ホント莫迦よね。
やってきたのはみかん色の昭和の電車。関西(なんちゃって)本線、山陰本線、芸備線、木次線などJR西日本の各路線乗り継いできてわかった。山陽本線って新幹線に主役を譲って久しいもののいまだに栄えている路線だと。なんてったって複線の線路を高速で走っていくもんね。もうこれ新幹線を名乗っていいよ…とか訳のわからんことを考えていた。
下関からはJR九州のオンボロ電車で関門トンネルを抜け小倉へ。おお、小倉に10日ぶりに戻ってきたぞよ。
そして、この旅の最後の最後で夢の列車がひた走るJR九州がやってくれた。JR鹿児島線内で架線にビニールが引っかかるというありがちなトラブルのせいで、乗ろうとしていた特急が20分遅れ。はい、この時点で地元駅から乗ろうとしていたバスへの乗り継ぎに失敗することに。今まで数分の遅れはあったものの旅程に影響を受けなかっただけに、9回の裏二死ランナー無しからの完全試合を逃した気分。架線にビニールがひっかかるのは明らかにJR九州のせいじゃないけど…残念っ。
結局特急ソニックは25分遅れで小倉を出発。当然の帰結として途中の柳ヶ浦で乗り換えるはずだった各駅停車はとうに出発してしまっている。
柳ヶ浦駅に到着。まあ、どこもかしこも小綺麗になって。
きれいになった駅の無人の窓口にはこんな列車の運行状況が確認できるでかいディスプレイが。スマホのアプリと同じ内容なんだろうけど、一定数のスマホを使えない人達がいると思われるので、これはこれで便利。まあ、人件費を無視すればここに駅員さんがいればいいだけの話のような気もするけど。
そして後続の特急に乗車。日豊線の小倉=大分間は基本30分に一度特急が走っている今まで見てきた山陰線やその他のローカル路線に比べると天国のような状況。毎時2本のうちの1本は特急の中でも特に停車駅を絞った最速達タイプで我が杵築駅には止まらない。なので後続の特急なら杵築に止まると。
後続の特急車内に登場したのは車掌さん。
「乗車券を拝見…(また変な乗車券持ったやつが来たよ)…特急券はお持ちじゃないですか」
「かくかくしかじかで各駅停車を逃しちゃったんですよ」
「それは…申し訳ないんですが…特急券を買っていただくことに…」
車掌さん、私がまったく怒っていないのを見てとったか、申し訳無さそうにしつつもしっかりと特急料金を徴収。ただし、新たに柳ヶ浦から杵築まで特急に乗ったのではなく、小倉から杵築まで特急に乗り続けた扱いにしてくれたので差額の200円を払っただけ(小倉=柳ヶ浦の特急料金は1000円。小倉=杵築は1200円)。おまけしてくれたのかこれが正しい発券方法なのかわからないけど、間違いなく車掌さんと喧嘩をする価値のある金額じゃない。大人しく払って正解。
こうしてついに杵築駅に到着。長い旅が終わった。このきっぷ、あわよくば持ち帰ることができたらいいなと思っていたが、すでに柳ヶ浦駅で気がついていたとおり案の定駅は無人。株式上場したJR九州のコスト削減により杵築駅も一部時間帯を除き無人化している(たぶん数年のうちに完全に無人化すると思う)。なので、きっぷは回収されずに手元に残った。合理化ばんざーい(なにか履き違えている)。
この後続の特急が定刻通りに着いていれば、乗り換えのバスに2分の接続時間で間に合うはずだった。だけど、先行の特急が30分近く遅れているんだからこの特急も当然遅れバスにも乗り遅れた。乗り遅れたバスは国東方面直通の最終。流石は田舎。午後6時台で最終バス。なんかテレビ東京の某バス旅の番組を見ているみたいだ。
さて、どうしたもんかと思って駅を出ると…あれ、バスが停まってるじゃない。しかも2台も。運転手さんに聞いてみた。まあ、この人がおそらく地元の人じゃないと戸惑うような方言丸出しの人懐っこいお方でして
「国東行きんバス?ああ、さっき出ていったなぁ…ええ、ちょっとまっちょくれ(時刻表を取り出す)。ああ、あんなあ、7時25分に大分から来るバスに乗れるわぁ」
そうか。まだ午後6時に大分駅を出る長距離のバスに乗り継ぎできるんだ(この大分と国東を結ぶバス、一部で国大線と呼ばれてて70キロの距離を2時間30分近くかけて走るという今時珍しい長距離ローカルバスなのよ)。おお、なんとか最終バスに間に合ったぞ。
そして市の外れにある杵築駅(古老はここを「本駅」と呼ぶ)から、市内にある杵築バスターミナル(「市駅」)までバスに乗りそこで乗り換え。昔はここに軽便鉄道の駅があったらしいのだが、さすがの私も現役時代には生まれていない。もし残っていれば大分空港へのアクセス鉄道として活躍していた可能性もわずかながらある。
またここが田舎でして、地元の高校生たち、バスを待つ間荷物を置きっぱなしにして近所のコンビニかどこかに行っちゃった。相変わらず平和な国東半島。そして思ったのは、高校生ってこんなにおこちゃまだったかな…ということ。その見かけの幼さといい、耳に入ってくる話の内容といい、こんなだったかなあ…と遠い目をしてしまった。
定刻を5分過ぎてもバスは来ない。と言っても乗り遅れた可能性はないし、地元の高校生も数人待っているのでぼーっと待っていると、バス到着。
国大線の最終バスは高校生により混雑。幸いお一人様席が空いていたので座る。前は見えず横ばかり見ていたが国東ってこんなに真っ暗だっけ…というくらい何も見えなかった。
こうして結局予定より1時間遅れつつも実家に到着。このあとは数日滞在してドイツに戻りました。というわけで、2022年の日本帰省の話【完】。
死語の『行き先方向幕』よりも、もっと死語の『行き先方向板』は『サボ』と呼んでいて、列車の折り返し駅や終着駅にはサボの交換係が居ました。当時はその言葉に職員として何の疑問も抱いていませんでしたが今回改めて調べてみると其れが『サイドボード』の略だと初めて知りました。今となっては全く何の役にも立たないですけど。
鉄道業界はなぜだかなんでも略したがりますよね。
件のサボ、別のコメントで貼った備後落合駅の写真にしっかり写ってますね。これはてっきり運転士さんか車掌さんが替えるものだと思ってました。まさか専門の職員さんがいたとは。