【10周年記念企画1】2001年ベスト日記

皆様本日3月26日、当アイルランド真実紀行はサイト開設から10周年を迎えました。

…え゛

自分で聞き返したくなりますね。10周年だあ?

最初のエントリーはたったの数行

(転載ここから)

 

2001年03月26日(月) 本日開店♪

ホームページ、本日開店です。ホントなら、「オープニングセールでもやりたいところですが、ネット上ではそんな事もできるはずもなく… (T_T) 試しに「アイルランド」で検索をかけてみたら…結構ひっかかるもんですね…。そんな中で、このページにお越しくださり、かつ、日記のページまで除いてくだ さった皆様に心から感謝致します。 m(__)m ま、ぼちぼちやっていきましょう。

(転載ここまで)

…だそーです。

このあと、世界は9.11だの今回の大震災だのまさに激動の10年。アイルランドはアイルランドで、超スーパーウルトラハイパースペシャルバブルでうはうはになり、そして凋落していきます。そんな中、まあ、私はのほほーんと過ごしてきたということが日記を読み返すとわかります。

というわけで、本日より10日間、10周年記念イベントを開催いたします。

毎日1本、各年からの「ベスト日記」を再録します。

誰だ、手抜きだと言ったやつ、でてこいっ。手抜きと思われるかもしれないけど、結構タイヘンなのよ。だってさあ、日記の量がホントに膨大なのよ。これを読むのは結構タイヘンだった。自分で笑った部分もあったけど(←それはそれでどーかとも思うが)、それ以上に自分がいかに進化してないかがわかって結構凹んだ。

というわけで、まずは2001年のベスト日記から参ります。

 

2001年06月20日(水) 警察詣で

昨日の日記で予告していた通り、今日の日記はこの作者にしては珍しく愚痴です。掲示板にカキコして作者の「癒し」にご協力くださいませ。

「警察に出頭してきました」なんて書くと、えらく刺激的だが、アイルランドでEU外から来たガイジンとして暮らす以上、少なくとも年に1回は警察に出頭しなければならない。理由は…ビザの更新のため。

詳しい説明をし始めるときりがないので、詳細はカットするけど、おいらは今日、警察に行き、来年5月末日までのビザをもらってきた。…こう書くと一瞬だが、毎年のことながら、本当に骨折りな仕事なのだ。

手 元にデータがないからはっきりとした数字はわからないけど、アイルランドに住むEU外のガイジンの数は年々再々増加の一途をたどっている。で、当然、彼ら は(合法的に滞在しようとする限り)当局にビザを取りに行かねばならない。ダブリンの場合、市南部にある警察署に”Alien Office”(外国人管理事務所)があるのでそこに行きビザを得たり更新したりする。当然ながら、ガイジンの数が増えるにつれ、この事務所はだんだん忙 しくなり…。

去年あたりから、とんでもない噂を聞き始めた。ビザと取るために「4時間待った」とか、「朝6時から並んでようやくビザが取れた」とか。その話はにわかには信じられなかった。おいらが学生としてアイルランドにいた頃、つまり古き良き1996年は、このAlien Officeで、1時間以上待たされることはまずなかったのだ。ところが、去年同僚がおいらのビザの更新直前に「6時から並んで、昼までかかった」なんて話を始めたのでおいらもその話を信じざるを得なくなった。何でも、一日に200枚しか配らないチケットを巡り(枚数は確証はないが、おそらくそんなもの)、朝からそのチケットを巡り熾烈な争奪戦が繰り広げられているというのだ。何でも8時から配り始めるチケットをゲットしたかったら、朝の7時前から並ぶ必要があるとか…。有名人のコンサートのチケットでもあるまいし…。

そんなばかなことには付き合ってられないとこのとき(2000年の5月)のおいらは一計を案じた。たまにずる賢いおいらはAlien Officeに電話をしたのだ。

おいら:「あのねー、おいらねー、今日ねー、そっちに朝の9時に行ったんだけど、チケットがなかったんだけど」
係のおばさん:「今忙しいからねえ」
おいら:「(怒り気味の声を出す)あのねー、忙しいのはそちらだけじゃあないのよ。おいらもねえ、就労許可証を持って行ったんだけど、今、すごく忙しくて、シャレで休みが取れる状況じゃあないの。今日も仕事をやりくりして何とか行ったのに…(以下省略)」
係のおばさん:「わかりました。今回だけ特別にアポを取りましょう。明日の10時に来れますか?」
おいら:「(ほくそえみつつ)…10時?何とかしましょう」

…というわけで、去年は超インチキ反則技で、そのおばかなチケット争奪戦をまんまとパスしたのだ。

で、話は今年。今年も柳の下ののドジョウを狙い、同じことにチャレンジする。

おいら:「(去年と同じ口上)…てな訳だから、何とかならない?」
係の男:「できません」
おいら:「ぶつぶつぶつぶつ」
係の男:「ちゃんと朝並んでください」

この電話口の係の男、横山ノック元大阪府知事がセクハラ疑惑をマスコミに問われた時と同じくらい不機嫌な声で「できません」と言う。おいらは玉砕。世の中そんなに甘くないね。

折りしも同僚のKさんがビザの更新ということで、一緒に行くことに。まあ、朝の7時に行けばいいだろうと言うことで、朝の7時にAlien Officeの前で会うという約束をして、昨日は別れた。

朝の7時にAlien Officeに行くというのはなかなか容易な話ではない。ほとんどのバスは朝の7時ごろにならないと運行を開始しない。てな訳で、おいらはチャリで市南部のAlien Officeへ。着いたのは予定より30分も早い6時30分。これなら、まだ誰も並んじゃいまい…と思ってAlien Officeのところの角を曲がると…。

絶句。

朝 の6時30分だというのにもう40人を超える人が並んでいる。ぱっと見た感じでは、中国人が圧倒的に多く、それから、東欧系・中東系・アフリカ系黒人の順 だろうか。とにかく、朝の6時30分の時点でそれだけの人が並んでいるのだ。こりゃ、朝の8時なんかに来た日には、チケットは手に入らなかっただろう。

Kさんは約束たがわず朝の7時着。「おいらのガールフレンド」という大ウソをついて、おいらの後ろに割り込ませる。その後も列は時々刻々と伸びてゆき、午前8時を回ろうかという頃には、間違いなく200人以上の行列がAlien Officeの前に伸びていた。

午 前8時。開門。で、昔中国人がチケットを大量に取っていったらしく(結構確かな情報筋から聞いた話)その対策かチケットは係の人から一枚一枚手配りで渡さ れた。おいらたちがもらったチケットは先頭から数えて80枚目くらいのもの。「?」おいらが朝6時30分の時点で軽く数えた限りでは、おいらは先頭から 40番目か、悪くとも50番目くらいだった。それなのに、80番目のチケット。いぶかしく思うが、とりあえずチケットをゲットしたので、Kさんとふたりで 近くのコーヒーショップへ。(実際に行かれる方への役立ち情報として、 Harcourt St をSt. Stepens Green方面へ200メートルほど歩いた左手にある Montague Stの郵便局の並びにある2軒のコーヒーショップは、安くてボリュームのある朝ご飯が食べられるのでおすすめ)

で、そのコーヒーショップで朝食を取り、9時過ぎにAlien Officeに戻ってみれば、まだ20人も進んでいない。単純計算すれば、あと4時間は優にかかることになる。おいらたちは、そりゃたまらんとべつのコーヒーショップへハシゴ。おいしいカフェラテを飲んで、10時過ぎに戻ってみれば、おーい何とかしてくれよー、まだ30人ちょいしか進んでいないじゃないかー。

さすがにそれ以上コーヒーショップをハシゴする気にはならなかったので、仕方なくAlien Officeの待合室で待つことに。

この待合室、おいらがダブリン一嫌っている場所と言い切ることに何らのためらいもない。いつ行っても、待合室にいる人の顔は疲れきっており、お通夜のような重苦しい空気が漂っている。人いきれのせいもあるだろうがその待合室にいると心なしか息苦しくなるのだ。

その待合室で待つこと数時間、おいらたちの順番がやって来たのは午後1時30分。実に並び始めてから7時間後のことだった。

皮肉なことには、就労許可証の更新の場合、学生ビザと違い、更新は5分とかからない。今回もご多分に漏れず、おいらたちの新しいビザは、5分待つことなく交付されたのだった。7時間待って所要時間5分。これをフェアな扱いと思う人がいるなら、おいらは一度医者にかかることをお奨めする。

なぜこんなに時間がかかるかは素人目にも明らかで、このAlien Office、おいらの個人情報のファイルをいちいち手作業で膨大なファイルの中から見つけてくるのだ。それに費やす時間が実に長い。コンピュータを使えば、数秒でできることだろうに…。

こ の待ってる間に、Kさんは目ざとくいろんなことを発見。その発見のおかげで今回の警察詣でがものすごく後味の悪いものになってしまった。Kさんが言うに は、おいらたちよりも後に並んでいた人が、おいらたちよりも先にことを終えて帰って行ったというのだ。言われてみると、おいらたちの直前に並んでいた人た ちの姿はもうない。

おいらは仮説として、券を配る人が順番を若干違えてしまった(そう考えれば、なぜおいらたちが80番目だったか説明がつく)としたのだが、世の中に擦れてしまったKさんは「チケットが売買されているに違いない」と言い切って疑わない。何にせよ、ものすごく理不尽かつ不平等感を感じた無意味な1日だった。その後、会社にいってちゃんと仕事をしたおいらは自分で言うのもなんだが偉かったと思う。

(ここまで)

この日記を選んだのは、この日記を面白いと思ったからではなく、(1)アイルランドがバブル絶頂のころは、外国人も今よりずっとたくさんいて、滞在許可をもらうことが大変だったということ、(2)ガイジンとして外国に住むことがいかに大変かが端的に現れていると思ったからです。

ちなみに、この日記の当時のGarda National Immigration Bureau (GNIB)場所は、現在のそれと違います。今のやつのほうが待合室も数倍大きく、窓口の数も多いです。とはいえ、この本文中にもある雰囲気の悪さはまったく変わっていない気がします。

あ、そうだそうだ。過去日記を全部読みたいという奇特な方はこちらからどぞ。