【2016年桜舞う日本新婚旅行12】広島の空


翌朝。今度はスーツケースもあるのでタクシーで京都駅へ。ひかりに一駅だけ乗り新大阪駅へ(本来この区間は在来線の特急に乗ろうと思っていたのだが、金沢駅での指定席変更でいつの間にかひかりで移動に変わっていた)。


そこで20分以上の待ち時間ののち、さくらに乗り換え。さて、20分以上どうやって時間を潰そうかと考えていると、出発20分以上前にさくらが入線してきた。


おかげでホームでぼーっと待たずに済む。もし、(のぞみとみずほが利用できない)ジャパンレールパス利用の乗り換え客の利便を考えて早くから入線しているのならありがたい話だが。


嫁に指摘されて気がついたが、今回の日本への帰省。JRはすべての電車が時刻表通りの運行だった。まあ、例の熊本地震の影響をすんでのところで受けなかったという運のよさもあるのだが。

(こちらグリーン車)


さくらは8両編成でグリーン車は半室のみ。思えば、東海道新幹線の3両がグリーン車であることと比較すると、座席供給数が一気に減る。もしかするとそれでかもしれないが、次発のさくら号のグリーン車の座席が取れずに少し早めに京都を出るハメになった。

(こちら指定席車)


ぱっと見グリーン車と指定車の座席にはシートピッチ以外の大きな違いはなさそうな気がする。どっちも座席は通路を挟んで2-2配列だし。


そして、広島。ここでグリーン車に乗っていた外国人が覚えている限りでは全員降り立ってしまった。何が言いたいかというと、外国人旅行客の「太平洋ベルト観光地帯」(出来立てほやほやの新語)は広島で終わりらしい。この先に進む外国人観光客はかなりの酔狂か、よほど何度も日本を訪れているやはり酔狂…のどちらかに大別できる気がする。


広島。


小学校の修学旅行以来だから…うわー30年ぶりとかの訪問だ。まずはお宿のドーミーインへ。タクシーに乗ってもいいと思っていたが、ちょうど市電が待機していたのでそれに飛び乗る。


ムダ知識:広島市電には車掌さんが乗っている。


まあ、広電に乗るのが初めてなんだから、全部が全部新発見なんだけど。車掌さん、ドアの開閉からアナウンスなどに忙しい。挙句の果てには私に


「ぷりーずしっとだうん」


…いや、私、日本人なんですけど。思わず私は笑顔で


「日本語で大丈夫ですよー」


と言ってしまった。いやはやすまん。たぶん、私が余計なことを言ったおかげでバツが悪かったよな。まあ、英語で話しかけられた方も同じようにバツが悪かったのでお互い様ということで勘弁してください。


車内で1000円札しかない私に両替もしてくれた。ただ、両替してくれるくらいなら乗車券を売ってくれればいいのに…とも思った。もっともそれを言い出せば、なんでパスモやスイカが使えないんだ。もう日本全国で相互利用ができるものだと思い込んでいただけに軽く驚く。

(今気がついちゃったけど、広電って、都電荒川線と色遣いが同じやん…。)


やたらと駅間距離の短い広電に15分ほど乗っただろうか、ホームがどうして電車に接触しないのか不思議なくらい狭い中電前なる駅で降りる。そこからすぐの場所に今晩のお宿はあった。


受付に着くなり、「お疲れ様でした」とおしぼりを渡される。出ました、日本的過剰サービス…と言いつつありがたく使わせていただきましたけど。
ここでもやはり到着が早すぎ荷物を預けるだけでチェックインできず。そのまま行動開始。


お昼は近所の中華そば屋さん。食券制だったのだが、「中華そば」「大盛り」「おにぎり」くらいの選択肢しかない。あ、ビールもあったな。


陽気の中華そば。たぶん特徴がないのが特長なんだろうね。あの「二郎系」とか言われるラーメンなど、ネット上で写真を見ただけで私は食べられそうにない気がするもの。ほめてます。正統派のラーメンは素朴に美味しかったです。


そこから徒歩5分ほどで平和記念公園に到着。この日は午後から雨予報だったので、原爆資料館より先に平和記念公園とその周辺の場所を回ることに。


平和記念公園、30年前の記憶など完全に霞のかなたなのだが、それでも記憶の断片をつなぎ合わせると、良くも悪くも30年前と変化がない。折り鶴の奉納などもいまだに行われているみたいだし。そうだそうだ、修学旅行前に折り鶴を折らされたんだけど、ブキな私は誰かに作ってもらったな。


30年前との違いを挙げれば、当時は修学旅行生ばかりだったのに対し、今は相当な数の外国人旅行客が紛れている。いや、この旅行記の中で何度も書いたけど、ホントに増えたよ。外国人旅行客。


修学旅行のありかたも明らかに変化している。当時はクラス単位でバスガイドさんの旗のもとについていって説明を聞いた(実はこの一文には微妙にウソというか誇大な表現が含まれている。私の通ったイナカの小学校、一学年が40人ちょいとかしかいなかったので実は修学旅行はバス一台のみ…つまり、「クラスごと」ではなく「学年全体」だったわけでして…)。


それに対し、今どきの修学旅行、少人数のグループごとに分けられて、各グループにボランティアの解説の方がついて説明してくれている。なるほど、この方法のほうが心に響くというか印象に残るだろうな。


ちなみにお願いすれば、ボランティアのガイドさんに説明をお願いできたらしい。そこまでするのも図々しいと思いお願いしなかったけどね。


原爆ドームを見学ののち、原爆資料館へ。なんかで入館料は50円と読んだ覚えがあるが200円だった。それでも安いが。(ちなみにこの月に44年ぶりの価格の改定があり50円が200円に値上げされたらしい。あれ、オバマさん、ちゃんと200円払ったのかな?


なんでも資料館は改装の真っただ中らしいのだが、展示自体は30年前のそれと変化がなかった気がした。


資料館を出ると、案の定、雨が降り始めていた。とりあえずホテルに戻りチェックイン。やはり宿泊料金の前払いを求められる。私が信用できそうにないのか、それが日本では普通なのかさっぱりわからない。まあ、前日の日記のコメントのように、高級なところであればあるほど後払いなんだろうなあ。


いちおう事前調査で理解していたが…部屋が狭い。まあビジネスホテルなんだからこんなもんだろうなとは思うが…狭いったら狭い。

(窓からの絶景。ベランダに住人の方が出てきたら、そうとう気まずくなるな。これ。)


そして、窓からは平和大通りを通じて広島市街地が一望できる。


…できますよね。見えない人は心が穢れているんです。私のように。今にして思えば、なんでここまで宿代をケチったんだろ。もう少しマシなホテルもあったろうに。


実に残念なことに、外は雨。それも本降りになってきた。なんだけど、こんな狭い部屋にいたら息が詰まるし、せっかく広島に来ているんだしなんかしないと…と思い地図を見ると、数百メートル先からアーケード街が広がっている。うん。そこなら濡れないな。


ありがたいことにドーミーインには置き傘のサービスがあり、それをお借りしてアーケード街へ。広島のアーケード街はシャッター通りになることなしに繁盛していた。なんとなく地元◯分から撤退したパルコに入り、そのまま地下のスズカフェに吸い込まれる。


嫁はキャロットケーキ食べたのか?これは(記憶が…)。私は当然ビール。


この後商店街をぶらぶらしたものの特にめぼしい物はなく。夕飯。広島のご飯といえば…


…お好み焼きですよね。


ホテル近くの何気ないお好み焼き屋さんに入ったのに、きちんと英語メニューが用意されていた。観光客の集まる平和記念公園の近所だからなのか、それともこの店が特に準備が良いのか。


思えばビジネスホテル滞在に、お昼は中華そば夜はお好み焼きと非常に緊縮財政な一日でした。気がつくと、観光に200円しか使ってないし…。


あ、ちなみに…なんですけどね、本日の表題はこの曲の題名を勝手に盗用させていただいております。