風にそよぐ(一冊の本の)墓標

ちょっと前にこんなニュースを見た。


(転載ここから)


出版差し止め命令確定=門田氏の日航機事故書籍-最高裁


1985年の日航機墜落事故で手記を出版した遺族が、ノンフィクション作家の門田隆将氏の書籍に酷似した表現があるとして出版差し止めなどを求めた訴訟で、最高裁第1小法廷(桜井龍子裁判長)は13日付で、門田氏と出版元の集英社の上告を退ける決定をした。著作権侵害を認め、差し止めや書籍の廃棄、慰謝料など約57万円の支払いを命じた二審判決が確定した。
 問題となったのは、日航機事故を題材にした2010年出版の門田氏の著作「風にそよぐ墓標-父と息子の日航機墜落事故-」。事故で夫を亡くし、96年に「雪解けの尾根―日航機事故から11年
」を出版した大阪府の池田知加恵さんが訴えていた。
 二審知財高裁は、一審東京地裁判決とほぼ同様に、門田氏の著作のうち14カ所の記述が、池田さんが手記で記した感情表現と酷似しており、「利用する許可を得たと認める証拠はない」と指摘。著作権侵害に当たり、精神的苦痛を受けたと判断した。(2015/05/14-17:41)


(転載ここまで。出典:時事通信


…ん?なんか引っ掛かりのある書名だな…と本棚を見たら、案の定「積ん読」の本の山の中にこの本はあった。とりあえず読んでみた。


この本は、1985年に起きた単機としては世界最悪の航空機事故となった日本航空123便の遺族の「癒し」を描いたノンフィクション。


読むと何の罪のない家族が突然の事故に巻き込まれ、わけがわからないままに家族が亡くなったことを知らされる。そして、なぜこんなことになったかを考える暇もないうちに過酷な遺体との対面、そして家族がいなくなったことを受け入れるための長い長い年月の戦いが記されている。


この本が上梓されたのは事故の25年後の2010年。そして、今年は30年の節目に当たる。おそらく来月の30年の節目に向け、今後いろいろな報道が出てくるだろう。そんな中で、よくも悪くも事故は風化した。遺族の方々の深い深い心の傷は30年という時間が経つことで少しは癒やされたとは思う。その意味での「風化」は必ずしも悪いことではないと思う。そして、その癒しの過程がこの本では描かれている。


本文中にこんな描写がある。この本の「風にそよぐ墓標」の表題となる重要な場面。事故直後に集合した家族の待機場所にいてもいられなくなった犠牲者の家族が事故現場まで行こうとする。…と言ってもそこにはまともな道はない。事故現場にたどり着くことは不可能と思われた時…


「藪の中を開いたルートをひたすら歩いて来た三人の目の前に、突然、広い空間が現われた。(中略)ヤマユリやアザミが咲きほこり、天国のような花の絨毯がそこには敷かれていた。(中略)死の直前にこの天国のような光景を父は見ることができたんだと、ふと考えたのである。そのことが、なんともいえぬ安堵の気持ちを寛敬にもたらしていた」(本文53-54頁)


冷静にツッコミを入れれば、そんなはずはない。そもそもその犠牲者の方が窓際に座っていたか謎だし、座っていたとしても呑気に窓の外を見ていたとは思えない。百歩譲って窓の外を見ていたとしても墜落の時刻は日暮れだった。つまり、すでに薄暗くそんな花畑がヒコーキの上から見えたとはとても思えないのだ。


だが、そんな冷酷なことを悲しみに打ちのめされたご遺族に言えるはずがない。そして、そうとでも考えないと大事な家族が亡くなったことを受け容れることができないという哀しい事実がある。


遺族の方々の一部は、そのようなつらい思いを文章にしてまとめられた。その一部は「茜雲 総集編―日航機御巣鷹山墜落事故遺族の二〇年」という本にまとめられている。また、自費出版として個人で出版された方もいる。そして、この「風にそよぐ墓標」はご遺族の思いをまとめて紡ぎ、代弁し、癒やしにあるいは一役を買える本だったと思う。


なのに、この本はご遺族の癒やしに一役買うどころか、ご遺族の一人に自分の書いた文章を無断で使用されたと、巻末に参考文献として書名と著者名が明記されていたにも拘らず著者を訴えた。そして、著者の労作は盗作と認められついには販売差し止めにまで至った。


なんとも残念な結果。著者は、「表現の自由を脅かす」とご遺族を謗り、ご遺族は盗作だと罵り…最高裁まで争う前になんとか和解の道はなかったのかと考えると本当に残念だ。著者の取材の苦労は水泡に帰し、販売差し止めになり、この騒動で誰か得をした人がいたかというと…きっと誰もいないと思う。私もこの販売差し止めの一件を知らなければ緻密な取材に基づいた素晴らしい本だと思っていたに違いなく、残念の一語に尽きる。


ちなみに、これを書く上で調べていて気がついたのだが、問題の「盗作」の章が完全に削除されたものが「尾根のかなたに 父と息子の日航機墜落事故 (小学館文庫)」として文庫化されている模様。なるほど、だとすれば、著者のダメージも最小限に抑えられているなと納得。