【追悼】さよならにんじん号(下)

(上)(中)の続きです。


そして今度は車を売らなければいけない。購入額や条件をいろいろ考えて、目標は個人売買で5,000ユーロで売ること。はい。過去の記事で6,000ユーロで売る旨書いてますが、本心では5,000ユーロで売れればいいと思ってました。価格交渉とかを見込んでやや高めに書いておいたのね。これをこのサイトに載せる。


それと同時進行で自動車販売業者に売りにいく。まず行ったのはわりと近所の小規模な中古車販売センター。なぜここを選んだかというと、話は1年ほど前にさかのぼる。ほとんどの人の記憶にはない気がするけど、このサイトには2年近く更新されてない「別館」がありましてですね、そこの管理人のひでかすが車を買ったの。別館のネタ温存という意味で黙っておいたけどもうある意味時効だわ。書かせてもらう。


ひでかすが車を買うときに各中古車販売所に私が車を出したわけ。で、ついでだから試乗や商談にも金魚の糞をしたと。ええっと、一緒に回っただけで3回くらい試乗しただろうか。その中でひとつのディーラーがなんと言えばいいのか、あまり商売を前面に出してこないというか、話してて感じがよかったのね。


これを感じがよかったというかどうかは謎ですが、こんな感じだった。


ひでかす:「すいませーん、ウェブで車の広告見てきたんですけど…」
中古車屋:「あー、この車だね。試乗してみる?」
ひでかす:「できればお願いします」
中古車屋:「はい。これキーね。その辺一回りしておいでー」


と鍵を渡された。ちなみに、運転免許証の提示はもちろん、こちらの名前も電話番号も知らないままで…です。まあ、アイルランド以外ではありえない気はしますが。


話がそれた。まあ、とにかく、そんな暢気な人で話しやすい人だったから、最初に行くにはいいなと思ったわけよ。というわけで、アポなしで突撃。


私:「車、買取なんか、します?」
中古車屋:「うーん。積極的にはしてないけど…するよー」
私:「この車なんですけど…」


中古車屋さんは私の車の周りを一回り。そして運転席に座りオドメーター(距離計)を確認。スマホで外観とオドメーターの写真撮影。


中古車屋:「んじゃ、中で」


と事務所に通される。そして、コンピューターをかちゃかちゃいじり始める。横からそっとのぞいてみると…おーい、アイルランドの中古車の売買サイト見てるよ。
そして言うのだ。


中古車屋:「5,000ユーロ」


いきなり満額回答来ました。…ってか、ほかの中古車屋のサイト見て値段決めるなよ…。


私:「そうですか。たとえば、今日売る…ってことになったらどーなります?」
中古車屋:「そーですねえ。今日は土曜日だから実際無理ですね。来週また来てくれれば…」


なんだか意外な結果にきょとんとしつつ次の中古車屋へ。


お次に向かったのはこちらも割と近所の中古車屋。ただし規模はでかい。常時3桁の車を展示している。そんなところだから、まずは受付があってその向こうにやり手(と思われる)セールスマンの大きな机が3-4脚あって忙しそうにしている。


まずは受付へ。車を売りたいことを伝えると、年式や車種などを一通り聞かれる。それを聞くと受付のおっちゃん大きな声でセールスマンのほうに向かい…


「おーい、ジョー、日本からの輸入の2007年式のノート(中略)…だって。興味あるー?」


ジョーと呼ばれたその男。


「ない」


即答。ありがとうございました。


受付氏:「…ないって。ええっとね、そこの隣の中古車屋なら買ってくれるかもよ」


どこですか?


受付氏が指差す先には…なんか怪しげなプレハブがあるよ。え?そこ、中古車屋なの?同じ敷地だと思ってたら…確かにフェンスがあるな。


写真を撮ってくればよかったろうけど、あまりに動転してすっかり忘れていた。もっとも写真なんか載せたらいくらなんでも営業妨害だろうし。特に今から書く内容は。


もう、なんというか、すごい中古車屋だった。そのさ、レンタルのニッケンの簡易トイレと同じくらいの時間で設置ができるような小さなプレハブ。しかも汚い。のみならず、外には「なんちゃら中古車販売。保証なし。見たままの状態で販売」って大きく書いてある。まあ「だから安い」と言いたいのだろうけど、私はここでなんて車を買いたくない。なんかとんでもない欠陥車を売りつけられて、「保証はないっていったでしょ」って言われるのが目に浮かぶ。


とりあえずプレハブのドアを開けましたよ。開けた瞬間に人生最大級の後悔をした。こういったら感じが伝わるかな。西部劇に出てくる砂漠のどまんなかにある酒場。そこのドアを開けたら荒くれものの男どもに一斉に睨まれた…そんな感じ。


ここでいう荒くれものとは…うーん、一部からお叱りを受けそうな表現だけど、オッサン(40代以上)が5-6人、しかもその中に今朝ひげを剃った人は皆無、パリッとしたスーツなんてどこの国のお召し物ですかと言わんばかりにスポーツウェアないしジャージを着ている。正直誰が客で誰が店の人なのか皆目見当がつかない。いや、たぶん、中央にある机の向こうにいる人が店の人なのだろうが、どうも全員が店の人のような気もする。


そのまま後ずさりをして「おかーちゃーん」と叫びながら逃げたい気分だったが私は耐えた。何せ、「ハロー、フレンド。車を買いたいのかな?」とがっちり呼び止められてしまったから。悪い。そっちがどう思っているか知らんが、私はあんたらの友達じゃない。そっちだって友達となんて冗談にも思ってないはずだ。カモが来たくらいにしか思っていないことはいくら察しが鈍い、空気が読めない私だってわかる。


「…いえ、車を売りたいんですけど」


机の向こうのオッサンが言うのだ。


おっさん:「はぁ?車を売りたい?どんな車?」


私の説明を一通り聞くと


おっさん:「いくらで買ってほしいの?」


あーやだやだ。この質問大嫌い。完全にナメられてるというか莫迦にされているというかがわかる。


私:「はあ、今までで一番いいオファーは5,000ユーロでしたけど」
おっさん:「5,000?無理無理、うちではそんな高い値段では買えないね。どこでその値段が出たの?」


すると、客だか店員だかわからない別のおっさんが


おっさん:「2,500。ぎゃはははは」


何が楽しいのか知らんがものすごい下衆な笑い声を上げる。なんかさあ、若い女性がアイドルになりたくて芸能事務所に行って、さんざんいやらしい目つきで見られた挙句に「お前みたいなブス相手にするわけねえだろ」とか言われたらこんな気分になるんだろうなあ。


もう話す気すらなくなった私は…(まあ、最初からなかったけどさ…)


私:「わかりました。車も見ずにあーだこーだいわれる方と話してても仕方ないので失礼します」


と外に出る。


そして、そのまま数百メートル離れたところに「あなたの車買います」と書かれたディーラーがあったので飛込みで行ってみる。ここは、少なくともショールームも小奇麗で、きちんとスーツを着たおじさんがセールスマンだったが、やはり5,000ユーロは出せないと。


この時点でまた戦意喪失。


それが週末の話。週明けに車を車検に持っていく。個人売買が最優先だったから、できるだけ完全な状態で売りたいという思いだったのね。


検査場で検査を受けて、結果を受け取りに行くと…


検査員:「不合格です」


へっ?予測外。不合格になる要素なんてないぞ。…聞けば…


検査員:「タイヤのホイールキャップが外されていませんでした」


…は?なにそれ?なんでそれ早く言ってくれないの?


検査員:「今外してもらえれば再検査します」


外に出てホイールキャップを外す。あら、簡単に外れるのね。


検査のおじさん、車を見るなり…


検査員:「合格」


…意味不明。


意味不明ながら車検に合格。結果はまったく文句のつけようのない完全なもの。これはできれば業者さんじゃなくて誰か読者さんなり日本人の方でこの車の価値のわかる人に買っていただきたいな。で、数件の問い合わせなどをいただいた。…が、どれもうまくいかなかった。というのも、どうも7年落ちの車って新しいとは冗談にも言えないし、かといって投売りをするような安い値段にもなっていないという中途半端な状態。


さらに2007年式というのがネックになった。というのも、アイルランドでは2008年以降に生産された車はエンジンの排気量ではなく排気ガスの基準で自動車税が課税されるように変わったのだ。排気ガスの数値が優等生なNOTEは自動車税の額が2008年式以降半額だかになるらしいのだ。確かに年に200ユーロの違いは無視できない…というのもわかる。かくして、話はまとまらず。


私も値引きを申し入れてもよかったが相手の方がそれを言ってこないのでついついいつもの「来るものは拒まず去るものは追わず」の精神で積極的に車を売り込むことをしなかった。なにせ、5,000ユーロで売れれば御の字と思っていたところでその数字が出てたというのももちろんある。


かくして、にんじん号5,000ユーロで売られた。5,000ユーロ、銀行手形でももらうのかと思っていたら…全部50ユーロの現金でもらいましたとさ。なんとも思い入れのある車で残念な結果ですが。