アーカイブ
カレンダー
2012年2月
« 1月    
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
272829  
世界の読者様

Snigelとは?

Snigelとは?のページへようこそ。こんなページに来てくださるんですから、こんなアホタレな私に少なからず興味を持ってくださったということですよね。ありがとうございます。できるだけありていに私の半生を反省しつつ書いてみたいと思います。お付き合いください。


私ことSnigelは1975年4月1日に生まれたらしいです。伝聞系なのは私の記憶にないからです。ちなみに本名は中園隆志。この年代ではタカシは一番よくある名前らしいです。誕生日の4月1日は、高校の時、同級生のおっとりキャラの女の子に「365分の1の確率だよね」と言われましたが、考えてみると閏年でもない限り、みんなそうだわ。


小中高と18年間O分の過疎地で過ごしました。いいとこですよ。なーんもなくてのんびりしてて。だけどさあ、同時にとんでもなく保守的な地域でして。まあ、ぶっちゃけ中学高校はロクなことがなかった。校則で決められた坊主頭に白いヘルメットをかぶって自転車通学してた…って言えば、おおかたどんなもんだったか想像がつくと思います。


高校は、自称「進学校」に。…と言っても片田舎の中で他の3つか4つの高校と比べて進学校だったというオチ。ここがまったく馴染めなかった。進学クラスにいたのだが、一部のアホタレ教員どもとケンカして、授業をボイコットして、進学クラスから追い出されてそのまま今で言えばFランの大学へ。しかも、法学部志望だったのに全滅して、なんか知らんけどおまけで受けた滑り止めの滑り止めの経済学部へ。詮無いことだけど、高校でおとなしく勉強してたら、今頃駅弁公立大学を出ておとなしく就職して家庭を持っていたんだろうなあとか思う。どっちが良かったのかは神のみぞが知るわけですが。


東京都下にある大学。当然のように何がやりたいのかわからんアホタレが集まった場所(←まったく人のことは言えないわけですけど)。いや、中には空より高き理想に燃えてきた人もいたよ。


未だに覚えている。大学1年の一般教養の文学の講義の時。まあ、9割の生徒は講義など聞いてないからわさわさしてるんだわ(小中学校なら「学級崩壊」と言われる状況ですね)。その状況に堪りかねた同じクラスの戸谷くんという生徒が授業中突然立ち上がりまして「静かにしてくださいっ!」と絶叫。結果静まり返る教室。


が、所詮はやる気のない人の集まり。数分もすればまたわさわさしはじめる教室。さあ、15分も経った頃だろうか、戸谷くんは再び立ち上がって


「静かにしてくださいって言ってるじゃないですか。ふんっ」


と言い残して教室から出ていった。冗談抜きで彼は大学に戻って来なかった。風のウワサではパチンコにはまって退学したとかなんだとか。彼の最高学府での高尚な理想が現実に負けた瞬間だったんだろうなあ。申し訳ないと今になると思うが、もう後悔役に立たず。


そんな最高学府で最初の1年はマジメに授業に出ましたよ。だけど2年からは完全に壊れた。青梅線の某駅前の学習塾でのなんちゃって講師を手始めに、神奈川県を中心に当時ダイナミックディスカウントストアとして名を馳せていた某店での店員、東京都と神奈川の一部に路線を持つ私鉄の関連会社のバス会社でのなんちゃってツアコン、不思議な不思議な池袋が本店の某家電量販店など、まあ、経済学部からアルバイト学部に実質転部したわけよ。


これにはそれなりの理由がある。最初はなんとなく始めたんだけど、大学1年の時の数少ない友人のトキちゃんというのがいまして、彼が大学2年と3年の間に一年休部して、アメリカはサンディエゴかどっかに留学したのよ。でさ、彼が帰国後にいろいろ話して聞かせてくれたわけ。そっかー、留学っていう選択肢もあるんだと気がついた。で、資金稼ぎを始めたのね。


さて、どこに留学しようかと、世界地図を見ながら考えた。これ、私のトークネタのひとつなんだけど、「なんでアイルランドに来たの?」と聞かれたら、「世界地図広げてダート投げた」と答えている。これ、まんざら嘘じゃない。もちろん、ダートなんて投げてないよ。だけどさ、アイルランドを選んだことにまったく論理的な理由はない。


アメリカは、トキちゃんのサンディエゴの話を聞く限り怖そうだし(本人、夜は絶対外出しなかったって)、カナダも同じ。オーストラリアはカンガルーに蹴られそうだし、ん?イギリス?よさげじゃん…なんだ、イギリスの脇に離れ島があるぞ。ほうほう、アイルランド、いいじゃん、日本人いなそうじゃん…って、今だから笑い話にできますが、ホントにその程度でアイルランドにしちゃったんです。なので、未だにアイリッシュミュージックに憧れてとかでアイルランドに憧れている…という方に出会う度に申し訳ない気分でいっぱいになる。


まあ、当時は英語力を伸ばすためにはきっと日本人がいないところに行けばいいというものすごーく単純な発想だったのよねん。今だから言える。日本人が多いかどうかなんて関係ない。自分のやる気だと。


そののち、日本に戻ってトコロテン大学を卒業して、留学経験を生かして某社の海外部に就職…とはならず、新宿西口駅の前の某家電量販店で半年ほど働いて、その年の冬にアイルランドに戻る。自分でも何を考えていたんだかよくわからない。だけどさあ、アイルランドで就職しようと考えたのよ。それが可能かどうかなどよく考えないで。


当時のアイルランドは今から見ればバブルのまっただ中。海外から資本が投下され、人々は不動産を買い漁り、海外からは仕事を得ようとそれこそ何十万人の人がやってきた。そんな時代。ま、ありていに言えば、時流に乗っかってちゃっかり就職しちゃったのね。


なんて書くと簡単だけど、そんなバブルの当時ですら、私の就職は厳しかった。とあるジョブエージェンシー(人材斡旋の会社)では、希望年収160万円に対して、「経験のないあなたにそんなに払う会社なんてないわ」なんて言われる始末。毎日電話帳などで調べ上げたダブリン中の会社に絨毯爆撃方式でCV(履歴書)を送りまくる。半年後、ジョブエージェンシーから面接の連絡があり、どんな会社かも知らないまま、面接へ。なんか知らんけど、当時イケイケドンドンだった某社の日本マーケットの準備要員に採用される。


その日本マーケット、「日本へのよりよいサービスを提供するため」、日本時間で勤務することに。つまり、夜勤。が、別に日本のお客さんに電話をするわけでなし、夜勤をしている意味はなし。しかも、某日本の大手企業を道連れにして鳴り物入りで日本市場に参入したのに、結果は先行の最王手の某社の前に完敗(今でもその最王手の会社は日本のみならず、世界中を席巻している)。ちょうど体もおかしくなりかけていた1年で夜勤は終了。日本チームも解散。


ちなみに、私のこの「アイルランド真実紀行」はこの頃始まる。そう、夜勤の暇つぶしで始まったサイトなのね。仕事もしないでホームページ作成とは何事かとお叱りを受けそうだけど、でも事実なんだからしょうがない。ほんっとにやることなくて暇だったのね。ハンドルネームのSnigelは当時机の上にあったスウェーデンの子供向けテレビ番組のキャラクターのぬいぐるみから拝借。意味は「かたつむり」。ちなみにこの握りこぶしほどの小さなぬいは、未だに私の会社の机でSnigelの相棒Bjoneと共にアホな私を見守ってくれている。


んじゃ、サイトのタイトル「アイルランド真実紀行」はどっから来たんじゃ…とお思いの向きもあるかも知れないけど…正直な答えとしては…知らん。覚えてない。ただ、当時の日本語でのアイルランド系のウェブサイトは、いかにアイルランドが「エメラルドアイランド」で美しくて人々が素朴で優しくて…って、そんなきれいごとばかりを書いていたのに対して、最低賃金で夜勤をするという、こんな言い方は良くないのかも知れないけど、アイルランドの下層労働者から見た素のアイルランドを書いてみたくなった…のかもしれないが、真相は…覚えてない。


閑話休題。日本マーケットが閉鎖の憂き目にあった会社はある意味温情主義だったのだろう、日本チームは解散となったものの、日本チームの3人は解雇とはならず、そのままUKチームに残る…が、居心地は悪い。どうしたもんかと思っていると、アイルランドから去るつもりで転職する気のなかった同僚あてにジョブエージェンシーから求人のお知らせの電話がかかる。気をきかせてくれた同僚が私に電話を回してくれて、再び、どこの馬の骨ともわからない(とその時は感じた)会社の面接を受ける。


面接当日、おそらく10年に一度しか起こらない洪水にダブリンは見舞われ、面接に向かう私のバスは床上浸水。バスを乗り捨ててタクシーで面接に向かったものの、見事に大遅刻。それでも面接をしてくれたのだが、まあ私も相当なアホタレで、バスの中でどんな体験をしたのかなど、えんえんと口角泡を飛ばして説明。その「独演会」が功を奏して採用…まあ、今にして思えば、なんてバブルなお話なんだろうと思うが、それが事実。面接が終わったあとに気がついたのだが、なんにも雇用条件だとかについての質問をしてなかった。ただひたすらに、洪水の話をしていた。なのに採用。


それから、その会社にマジメに勤めあげています。ふと気がつくと、いつの間にかIT部に移動。なんちゃってデスクトップサポートとして毎日あたふたと仕事をしています…って、最近の10年がたった3行で説明できちゃうって何よ。これを書いてて、ホントに人生の坂道を転げ落ちてるんだろうなと実感します。まあ、この10年に関しては、このサイトに詳しく書いてるから読んでみてください…と丸投げ。


これね、私のトークネタのひとつなんだけど(って、お前は噺家か)、学生諸氏に申し上げたいことがある。ちょっと聞いてくださいよ。私が大学生の頃、会計学を学ばなければいけなかった。こんなもん一生使うことなどないだろうと全然話を聞いてなかった。なのに!アイルランドで最初に得た仕事はこともあろうに会計関係の仕事だった。それだけならまだいい。大学1年の時に一般教養としてドイツ語が必修だった。こんなもん、どんなに間違っても一生使うことはないと思った。なのに!ふと気がつくと、ドイツ系の企業で仕事をして、挙句に自分の彼女はドイツ人という事態に陥っている。


何が言いたいかというと、人生何が起こるかわかんないよってこと。案外人生に無駄なものなんてないんじゃないかという思いがするわけよ。


この10年のアイルランド、バブルの絶頂期から崩壊までの様も一人のヘンテコな日本人の日記から読み解いてみるのも楽しいかも知れません。どぞ、ごゆっくり。